北国グランドホテル花 コテージ北国
トップ観光情報動植物歴史アクセスお問い合わせ

歴史

利尻島は、『日本百名山』(深田久弥著)の最初に登場する利尻山を主体とし、周囲は63q、面積は180kuで日本海上の島としては、佐渡島、隠岐島に次ぐ大きさです。
「利尻」の語源はアイヌ語で「リイ・シイ=高い・島」を意味しています。利尻山は20万年前の噴火によって島の土台をつくり、富士山にも似た美しい山容は利尻富士とも呼ばれています。

山体の南西側が利尻町、北東側が利尻富士町です。利尻町には、沓形・新湊・仙法志、利尻富士町には鴛泊・本泊・鬼脇などの市街地と港湾があって、昆布漁や近海漁業を主としています。

利尻島に人が住み始めたのは、今から約1万3千年前の旧石器時代までさかのぼります。さらに、縄文時代以降も人が暮らしていた形跡がみられます。なかでも、1,500年前の鈴谷(ススヤ)文化は、サハリンから稚内を中心とした範囲に分布し、鈴谷式土器という特徴的な土器が用いられていました。これに続くオホーツク文化は、サハリンやロシアから移動してきた人々によって海獣猟や漁撈、豚や犬の飼育が営まれていました。また鉄や骨で作った利器の使用がおこなわれ、青銅製のバックル(帯金具)をはじめとする大陸からの産物がもたらされるなど、海を越えた盛んな交易のようすが利尻富士町役場遺跡に数多く残されています。
その後、江戸時代の初期まで島の様子は詳細が不明ですが、弘前藩が編纂した「津軽一統志」の記録から当時アイヌの人々が暮らしていたことがわかっています。そこには、和人とアイヌの交易が盛んに行われ、海産物の鮑・鰊・鱈・海鼠などの干物がその中心になっていたことが記されています。

幕末になると、島では外国人と接触する機会が増えていきました。1807年には、日本に対し開国・通商を要求していたロシア人による襲撃事件があり、それを受けて幕府は会津藩士を樺太・宗谷・利尻などの警備にあたらせました。出陣中の病死や国元に帰還するときに遭難した者のために会津藩士の墓碑が、鴛泊・本泊・沓形の3か所に建っています。
またペリーが来航する5年前の1848年にはアメリカの捕鯨船員であった青年ラナルド・マクドナルド(1824年〜1894年)が野塚に単身で上陸しました。島の滞在は、1ヶ月と短いものでしたが、島民湛次郎との異なる言語を越えたやり取りが、手記によりうかがい知ることができます。マクドナルドはその後、長崎に移送されますが、オランダ語通詞(通訳)らに英語を教えながら、自らは日本語を学ぶなど、日本最初の英語教師として日米文化交流の草分けとして歴史にその名を刻んでいます。現在、野塚展望台に上陸記念碑とマクドナルドの半生を描いた小説『海の祭礼』(吉村昭著)の文学碑が建てられています。



1857年以降、青森や秋田、富山などの日本海沿岸地域からの出稼ぎ漁民(ヤン衆)が利尻島に新しい漁場を開き始めたことにより、その永住化が進み、明治中頃には元々の島民であったアイヌにとって代わるようになります。今なお残る島内の地名のほとんどはアイヌ語に由来しており、自然に対するアイヌの人々の息吹が感じられます。
また、利尻島の歴史を語るうえで、切っても切れないのが鰊漁との関わりです。
1915年には、島全体で年10万トン以上の漁獲高を上げ隆盛を誇りました。
春になると、産卵のため沿岸へ回遊し、オスの白子によって海が真っ白になりました。この状態を「群来(クキ)る」といいます。捕れた鰊は、一度に処理出来ないため「袋間」(捕れた鰊を大きな袋に入れ、海中に沈めて保存する湾)で一時保存し、身欠き鰊や魚油などに加工し各地に運ばれました。
しかし、利尻島の経済を支えてきた鰊も、1955年頃を境に魚影を見せなくなりました。
近年では、利尻昆布やウニ漁とする根付き漁業やタコ、カレイを主体とする沿岸漁業に移行しています。また、昭和40年には利尻・礼文国定公園に、49年にはサロベツ国立公園に指定され、観光の島として現在に至っています。




利尻島にはアイヌ語が由来となる地名がたくさんあります。
利尻島へお越しの際は、アイヌ語を思い浮かべながら観光されてはいかがでしょうか。また違った利尻島を味わえることでしょう。


観光地・地名 アイヌ語 備考
利尻 リイ・シリ(高い・島)
鴛泊(オシドマリ) オ・シ・トマリ(岬の根元にある入り江) 当ホテル・コテージがある地域。
ペシ岬 ペシ(崖)エンルム(岬)
地元の子供たちは崖がゴリラの顔に似ている為、ゴリラ山と呼ぶ。
野塚(ノヅカ) ノツカ(岬の上) ラナルド・マクドナルドの上陸記念碑がある地域。
雄忠志内(オチュウシナイ) オチウシ(断崖)ナイ(川) 9月中旬から10月上旬にかけて、鮭の遡上が間近で見られる。
ポンモシリ ポン(小さい)モシリ(離れ島) 富士野園地にある離れ島。クロユリの群生地。
オタトマリ オタ(砂)トマリ(入り江) オタトマリ沼や沼浦展望台、沼浦海岸(唯一の砂浜)。
鬼脇(オニワキ) オンネワキ(大きい境界) 利尻島で一番最初に開けた町。ヤムナイ沢には万年雪がある。
仙法志(センホウシ) チセホヲチ(小魚が多くいる所) 仙法志御崎公園がある地域です。
野中(ノッチュウ) ノチウ(星)
沓形(クツガタ) クッツカンタ(岩多きその上の処) 沓形岬公園があり、礼文便発着の港もある。見返台園地は利尻山の5合目にある。


当ホテルでは、利尻島にまつわる歴史、自然等を詳しく解説したオリジナルの「利尻島 旅の参考書」を販売致しております。


トップ | 会社概要 | 採用情報 | プライバシーポリシー | サイトマップ | お問い合わせ
北国グランドホテル
〒097-0101 北海道利尻郡利尻富士町鴛泊字栄町93番地
TEL.0163-82-1362 FAX.0163-82-2556
花コテージ北国
〒097-0101 北海道利尻郡利尻富士町鴛泊字栄町231番地